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おいしい魚の話

vol.1「さかなと日本人と健康」

おさかなマイスター認定No.0075 加川 厚子

今は昔…。さかなの摂取量が肉を下回る"魚食大国日本"。

日本は四方を海に囲まれた国で、まわりの海ではさかながたくさん獲れますが、さかなの需要が減っています。平成9年には国民1人1日あたりの魚介類の摂取量が約100グラムで肉の80グラムより多かったものが、平成18年に初めて肉類を下回り、いま、その差は徐々に開いています。また年をとると、さかなをたくさん食べるようになるといわれていましたが、ここ10年間ではそういう傾向はみられません。

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日本人の生活と切っても切り離せない、魚食の歴史。

貝塚からさかなの骨や貝殻がたくさん発掘されていることから、いまから1万年以上も前に始まった縄文時代には、すでにさかなを獲って食べていたことがわかります。縄文中期の遺跡からは、海水魚、淡水魚をはじめ、イルカやクジラの骨まで発掘されているそうです。そして水田で米を作るようになった弥生時代には、アユやコイやサケのような川魚も食べられるようになりました。

奈良時代には、アワビ、ナマコ、サザエなどの乾燥品が献上されている記録がありますが、これは庶民のものではありません。日本人の食事が現代のようになったのは、稲作が盛んになり、米食が定着した室町時代以降です。このころになると、沿岸漁業も進んでさかなの種類も増え、江戸時代には、すし、てんぷら、うなぎなどが庶民の生活にも入ってきましたが、このようなものは、庶民の食卓にはほとんど上りませんでした。さかなは傷むのが早く、運搬が難しいため、都市までなかなか運んでこられなかったのです。こういうものを食べることができたのは、お金に糸目をつけない大名や豪商たちだけでした。そのかわり、産地では、乾燥させたり、漬物にしたりと、たくさん獲れたさかなを保存する方法が工夫されました。北海道のカチカチに干した鱈は棒だらとして京都の名物料理「いもぼう」に、身欠きにしんは福島の「にしん漬け」に、八丈島のむろアジは「くさや」、鹿児島や高知の「かつおぶし」など、現代まで残っているものもたくさんあります。

明治、大正、昭和初期になっても、庶民の家で動物性の食品が食卓に並ぶのはハレの日のだけで、ふだんは雑穀や大豆製品が主の質素なものでした。私たちが鮮度の良いさかなを食べられるようになったのは、第二次世界大戦後の高度経済成長のおかげです。昭和30年代後半には、各家庭に電気冷蔵庫が普及しました。産地から販売店、家庭まで、コールドチェーンで運ばれるようになって、産地から遠いところに住んでいても、ほどほどにイキが良いさかなが手に入るようになったのです。

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日本人の長寿は魚食のおかげ?知っておきたい、さかなが体にいい理由。

われわれの先祖の食事は穀類が中心でした。それが今のようにさかなや肉をたくさん食べるようになったのは、「人間には動物性たんぱく質が必要だ」という栄養学のおかげです。人間の体は、主に水とたんぱく質と脂肪からできています。さかなや肉の栄養も、たんぱく質と脂肪です。穀類 (炭水化物)は、体を動かすエネルギーとして働きますが、たんぱく質は、体の中に入って、筋肉や骨、髪の毛や爪、血液になります。最近日本人も、肉を食べることが増えてきました。その結果、肥満や中性脂肪過多など、生活習慣病が増えています。

さかなと肉の脂肪の違いは、さかなの脂肪は常温では液体ですが、肉の脂肪は固体です。最近さかなの脂肪には「肉にはなくてさかなにだけある大切な栄養素」が含まれていることがわかってきました。それが「EPA」と「DHA」という脂肪酸です。EPA は血液をサラサラにして血管の病気を防ぐ働きがあります。DHA は脳や神経組織の働きをよくするといわれています。日本人が長寿だったのは知らず知らずに EPA や DHA を摂っていたせいかもしれません。いま、アメリカやヨーロッパの人の間でも、さかなの人気が高まってきました。EPA、DHA をたくさん含んでいるのは「クロマグロ(脂身)・ブリ・マイワシ・マサバ、サンマ」など、主に青背の魚です。だから、健康のために、とくに青背の魚を食べることが必要なのです。

さかなの魅力はまだまだあります。次からは、旬のさかな、天然魚と養殖魚、鮮魚と冷凍魚、干物や練り製品、缶詰などの加工品、貝類など、さかなのおいしさについてお話していきます。

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おさかなマイスターとは、魚介類の旬、栄養、産地、漁法、調理、取扱方法などを学び、さかなの魅力や素晴らしさを伝える「さかなの伝道師」です。

日本おさかなマイスター協会のWebサイトはこちらから。